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SHOWCASE > IN THE FLAT FIELD : 田中 宏昌
Web Designer 松永智子
1982年7月26日生まれ。
2006年、立命館大学卒業後、新卒入社。
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音楽制作とプログラミング、2つのレイヤーでほどよいベクトル。
─ HMに入った理由を聞かせてください。
4年前です。渋谷で3万という格安物件にもかかわらず、滞納に滞納を重ねた生活を送った挙げ句、働きもせず毎日引きこもって大爆音で作曲し、苦情は来るわ外人は来るわで何も落ち着くところがなく、生活が破綻寸前でした。そんな僕を救ってくれたのは、青い瞳のカナディアン、ベースエンペラーDeseptagonことFredericでした。「A社で働く話があるんだけど。」という甘い話に乗り、入社してしまいました。
─ 出向当時と、現在の違い。
そんなユルユルな日々を送っていましたので、それからの規則正しい生活には抵抗がありました。毎日お風呂に入る、毎朝きまった時間に起きる、朝と昼にはご飯を食べる。当たり前のことですが、その歳(29才)になるまで社員として働いたことがなかったので、 まるで別人になったような気分でした。 時には遅刻で怒られて、帰ってから悔しくて泣いたりすることもありました。そうやって鍛えられたせいもあって、出向から戻ってきたときには、社会人としての自信が身についていました。
─ 専門分野は何ですか?
働く前からずっと興味があり、独学でさわり続けていたのがFlashです。趣味で書いたものが実際に仕事で役立つことが何度かありました。いまはActionScript3で大規模開発ができるように、更に勉強中です。
─ 音楽制作は、現在のあなたにどのような影響を与えていると思いますか?
何もないところから、部品を足したり引いたり壊したりしながら、ある程度の質量と絶妙な隙間をもつ塊ができてきます。最良形になるまで妥協しないという意味では、音楽もプログラミングも、そんな同じロジックで生まれてきます。ただ、音楽はもわっとしているので感覚で前進するしかなく、それなりのエネルギーが必要ですが、プログラミングには輪郭のある答えが用意されているので、頑張った分だけ達成感が得られます。音楽とプログラミング、2つのレイヤーを重ね合わせることで、その間を貫くほどよいベクトルの向きが見えてきました。
─ これまでに印象に残っているお仕事を教えてください。
やはりA社の仕事全般でしょうか。A社の製品はデザインが美しいだけでなく、html、css、JavaScript、サイトデザインなど、裏側の隅々にも、スマートな アーキテクチャルールがあり、それに従ってコンテンツを作ることで全体的な時間節約ができるように、とてもよく考えて設計されています。 大規模になればなるほど、あらゆるコードはスパゲティ化し無駄に作業時間が増えてしまいますが、A社は自身をしっかり俯瞰できている唯一のウェブサイトではないでしょうか。
─ 今後、どのようなお仕事をされていきたいですか?
ウェブの仕事はもう珍しいものではありません。2000年代前半のネットバブル期の賑わいに比べると、電話のように当たりまえの技術となってしまったインターネットですが、そんな中で土方的な作業も少なくないウェブ作業のモチベーションを保ち続けるには、少し工夫が必要です。ただ、もともと人と違ったことをする傾向があり、排泄物のごとくアイデアが溢れでてくるので、誰かに垂れられる前にすべて実現させたいです。
─ 今もっとも興味のあるコト、モノは?
多次元理論、SLAMを利用したAR技術、量子コンピュータとNP完全問題、量子脳理論、Numentaの動向、ActionScript3、popforge、デザインパターン、 iPhoneアプリ開発、 創発と自己組織化、Reaktor、sedus open up、水泳、キャンプ、自給自足。
─ありがとうございました。
田中 宏昌
1976年2月7日生まれ。
2000年多摩美術大学卒業後、音楽制作の傍ら、独学でFlashを学ぶ。
HMからA社社への出向を経て、現在HMでFLASHの制作等を行なっている。







